目次
高次脳機能障害とは?
高次脳機能障害とは,脳の高次機能が損傷することによって,①抑うつや意欲低下,攻撃性上昇などの精神症状や,②記憶障害,注意力低下,社会的行動障害等の認知機能障害,③歩行障害,筋力低下,麻痺などの運動障害が引き起こされている状態のことをいいます。
交通事故により,頭部を強打するなどして脳実質にダメージが残ることで外傷性の高次脳機能障害が発症することがあります。脳実質の損傷は,比較的見えやすい脳挫傷と,可視化が難しいびまん性軸索損傷のいずれかまたはその合併で起こることが多いです。
近時は,脳実質が損傷していることが必ずしもMRIやCT等の画像所見に現れないケースや頭部を強打していないにも関わらず上記のような症状を発生する例(MTBI:軽度外傷性脳損傷)もありますが,自賠責は,画像所見や意識不明といったことを交通事故による高次脳機能障害と位置付けているため,MTBIなどでは自賠責の後遺障害等級は認定されません。
MTBIについては,また別稿で検討したいと思います。
高次脳機能障害を負ってしまった方の中には,日常生活動作(ADL)が正常な方も多いため,本人や家族でもその症状にしばらく気づかないということもあり得ます。実際,私が経験した中でも相談をしている程度では全く正常に思える方で高次脳機能障害で5級の認定がされたケースもあります。高次脳機能障害は,それくらい気づきにく症状なのです。
したがって,交通事故で頭部外傷を負った場合には,家族等の身近な人が本人の精神状態,認知機能,運動機能などを注意深く観察しておくことで症状に気づき,早期の治療に取り組むことができます。
高次脳機能障害の症状と治療
1.注意障害
高次脳機能障害の代表的な症状として,注意障害があります。注意障害はあらゆる認知機能の基盤となるものであり,具体的には,情報処理,記憶,遂行機能などの土台となるものです。
注意障害の評価方法としては,トレイルメイキングテスト,標準注意検査法(CAT)などがあります。
注意障害は,あらゆる認知機能の基盤であるから日常生活や社会生活にあらゆる支障をきたしうるので,リハビリテーションが極めて重要な意味を持ちます。基本的には,患者本人や家族のニーズを元にリハビリテーションのゴールを設定していくことになります。また,薬物療法などが用いられることもあるようです。
2.記憶障害
高次脳機能障害による記憶障害は,受傷後初期に認められる外傷後健忘(PTA)や急性期の逆行性健忘,回復期以降の新しい記憶障害としての論理的記憶障害などがあります。
記憶障害を評価する方法としては,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)で見当識,記憶,注意の回復を見ていくこと方法などがあります。また,論理的記憶障害を評価する方法としてはウエクスラー記憶検査(WMS-R)などがあります。
3.運動障害
脳実質の損傷によって,四肢まひなどの症状が現れたり,嗅覚脱失や味覚脱失のような症状が現れることもあります。
交通事故による高次脳機能障害によって引き起こされるこのような運動障害や感覚障害について,自賠責は精神障害や記憶障害と並列で評価し,その総合判断によって後遺障害等級を認定しています。
運動障害に対する治療も,やはり,適切なゴールを設定したリハビリテーションが基本になります。
高次脳機能障害で認められる後遺障害等級
高次脳機能障害に対して認められうる自賠責の後遺障害等級は,1級,2級,3級,5級,7級,9級となります。類似のものとして,脳挫傷痕はあるが症状は全くないというケースでは12級と認定されます。
高次脳機能障害だが9級というケースは,高次脳機能障害の中ではかなり軽い症状であるということができます。事故時に頭部外傷があり,意識障害がある多くのケースでは,事故後に本人が自覚しない程度の症状でも9級が認定されることがあるので,事故時の状況によって,しっかりと注意深く症状を観察していく必要があります。
また,上記でも述べましたが,相談時には意思疎通が全く問題なさそうに思える方でも5級と認定されるケースがあります。高次脳機能障害の真の症状は,長時間患者の方と接してみないとわからないところがあり,その意味では,医師よりも家族等の身近に長くいる人の評価が重要だと言えます。
3級以上になってくると,意思疎通がそもそも簡単ではないか,意思疎通は少し違和感がある程度だが半身麻痺などの運動障害が残っているケースが多いように思います。
1級というのは,ほぼ意思疎通ができないか歩行等の運動さえ困難というイメージを持っていただければと思います。
何にしても,高次脳機能障害を負った方の個別具体的な症状によって自賠責の後遺障害等級は定められています。
後遺障害等級は,交通事故被害者の損害を算定する上で非常に重要です。損害の中でもっとも大きくなるのは逸失利益と後遺障害慰謝料であり,この2つは後遺障害等級によって大きく変わってくるためです。
高次脳機能障害の損害賠償
1.高次脳機能障害の慰謝料
高次脳機能障害を負ったことに対する慰謝料(後遺障害慰謝料)は,後遺障害の等級によって,以下のように定められています。慰謝料というのは,精神的苦痛を慰謝するためのお金ですから,本来的には被害者一人一人の事情や症状に応じて決められるべきものですが,現在の裁判実務では,被害者間の公平を図る趣旨で認定された等級に応じて機械的に慰謝料も認定されています。
1級 | 2800万円 |
2級 | 1990万円 |
3級 | 1990万円 |
5級 | 1400万円 |
7級 | 1000万円 |
9級 | 690万円 |
加害者の行為の悪質性やその他の事情により上記基準よりも増額されるケースもありますが,かなりレアケースであり,かつ増額されても2割程度までがほとんどです。
2.高次脳機能障害の逸失利益
逸失利益は,事故前の収入から減収した分を補填するものというのが基本的な理解ですが,裁判実務では,後遺障害によって失われた労働能力に対する補償という意味合いが強くなっています。
少しわかりやすくいうと,前者は実際の減収をベースに逸失利益を判断しようとするものであり,後者は観念的な労働能力をベースに逸失利益を判断しようとするものです。
後者の考え方によると,逸失利益は次の計算式で表せます。
逸失利益=「基礎収入」×「労働能力喪失率」×「労働能力喪失期間」
このうち,基礎収入は,事故前年の実収入を用いるか,おおよそ30歳以下の若年者の場合には賃金センサスを用いるか,家事労働者の場合には女性の賃金センサスを用いることになります。
労働能力喪失率は,後遺障害等級によって定められており,1〜3級は100%,5級は79%,7級は56%,9級は35%です。
労働能力喪失期間は,症状固定時の年齢から67歳までの期間を原則としますが,平均余命の半分が67歳より長い場合には平均余命の半分の期間を用います。なお,この際にはライプニッツ係数という中間利息控除を簡単に計算する係数を用います。
したがって,逸失利益は,被害者の年齢,収入,後遺障害等級により様々ですが,高次脳機能障害の場合には大体1000万円〜1億円以上となることもあります。
3.後遺障害等級が1級〜3級の場合の将来介護費
後遺障害等級が1〜3級の場合には,将来介護費が損害として認定されることもあります。
この将来介護費は,介護保険が使えない前提で計算され,かつ死亡するまでの期間の請求をするため,後遺障害の程度によっては逸失利益よりも高い金額が認定されるケースもあります。
例えば,1級のケースでは将来介護費だけで1億円以上の損害計上となることも多いです。
4.その他の損害
高次脳機能障害のその他の損害としては,休業損害や入通院慰謝料などの代表的な損害だけなく,入院雑費,通院交通費など多くの細かい損害もありますので,これらを全て網羅的に,何が請求できるもので何が請求できないものであるのかを判断するのは簡単ではありません。
社会保障
高次脳機能障害は,程度の差こそあれ他の障害に比して重篤なことが多いため,加害者や保険会社からの損害賠償だけでなく,その他の補償を受けられるケースも多くあります。
まず,通勤中や業務中の事故であれば労災が使えます。労災は7級以上であれば年金が支給されます。
また,症状によっては,障害年金の申請もできます。
他にも介護保険給付や,障害者手帳などの行政サービスを受けることができる場合もあります。
日本は思いの外社会保障が充実しており,これらをフル活用して被害者のQOLをできる限り充実させていくことが望まれます。
弁護士への相談,依頼
交通事故で高次脳機能障害になってしまったら,まず間違いなく弁護士に依頼されることをお勧めします。
高次脳機能障害の損害賠償は1000万円〜1億円以上になるケースが多く,弁護士費用を考えても弁護士に依頼する方が保険会社の提示を大きく上回る可能性が高いからです。弁護士費用特約が使えるケースはなおさらそうですが,使えないケースであっても弁護士に依頼する経済的メリットは大きいことがほとんどです。
私の経験上でも,事前に提案されていた金額より5000万円以上増額したケースがあります。ここまでいかないケースであっても,高次脳機能障害では弁護士が介入することで数百万円〜数千万円増額することはよくあります。
また,それだけでなく,上記のような損害の説明や手続の流れ,損害額の見通し,社会保障の紹介やサポートなども期待できます。
弁護士に依頼することで,損害賠償等に関してはできる限り弁護士に任せて,被害者自身のリハビリや家族の介護の時間を確保して,被害者だけでく家族の時間も有効に活用していくこともできます。
個人的には,交通事故で頭部外傷を負ってしまった場合には,早めに弁護士に相談にいき,具体的な見通しを聞いておくだけでも役立つと思いますので,事故後速やかに弁護士に相談に行かれることをお勧めしています。
もちろん,依頼するかどうかはそれぞれの判断ですが,少なくとも保険会社や代理人弁護士から送られてくる示談書や免責証書にサインする前には,被害者側の弁護士に相談して欲しいと思います。
どのような弁護士が良いかというのは,被害者からすると難しい問題かもしれません。私としては,少なくとも2つ以上の法律事務所を回って弁護士に相談されることをお勧めします。
知識や経験はもちろんですが,説明のわかりやすさ,質問のしやすさ,フィーリングなどは実際に相談してみないことには全くわかりません。もちろん,相談だけでそれらが全てわかるわけではないですが,2人以上の弁護士の相談を聞くことで,少なくとも相対的には自分が選びたい弁護士というのが見えてくるからです。
交通事故案件は相談無料という法律事務所が増えています。弁護士というとどうしても敷居が高いと思われがちですが,是非とも気軽に相談のための時間を取って欲しいと思います。
実際に事務所に訪れて相談したい!
相談すれば分かる安心感。
ぜひ、当事務所にお越しください。